海なし県の栃木県で手掛けられている温泉水を利用したトラフグの養殖。2008年に研究をはじめてから足かけ10年になる。地域活性化の有力な手段として全国からの注目度も高い。温泉トラフグは過疎に悩む地方を救えるのか、その軌跡と10年目の挑戦の姿を追った。
那珂川海産魚種養殖研究センター(那須烏山市)には、温泉を利用したスイミングスクールだった全長25メートルの室内プールにトラフグが悠々と泳ぐ。塩分が含まれる温泉水を海水の代替として利用。冬でも温かい環境で飼育し、より短期で成長させる。この閉鎖循環型のトラフグ養殖システムを開発したのが、同県の那珂川町に本社を置く夢創造(野口勝明社長)だ。
野口社長は、東京の環境コンサルティング会社に就職後、27歳で故郷の那珂川町に戻り、環境調査などを手掛ける会社を立ち上げた。バブル経済が崩壊すると町の人口流出が加速し若手の働き手が足りない。大病に襲われ闘病中に地域資源の温泉を利用した街おこしを思いつき、病気克服後に実行に移した。
温泉水は塩化物泉だと確認できた。栃木県には塩原、塩谷など塩のつく地名が多いが、これは山塩が産出されていた名残。太古に海水をためたまま陸が隆起したため、地下に海水があるのだという。
08年5月から社長室に設けた3つの水槽でトラフグを1年間飼育したところ、温泉水は海水よりも成長が早かった。「これはいける」。試食会ではおおむね好評だったが「歯応えがない」「味が薄い」などの意見もあり、東京大学水族生理学研究室の金子豊二教授らの協力を得て飼育方法を改良。那珂川町の廃校に大型の水槽を置き10年から本格的な出荷を始めた。
東日本大震災で廃校が使えなくなり、拠点を隣の那須烏山市に移転。今では年間2万5000匹を飼育・出荷する。外と隔離された室内で水を循環させて浄化するため、海上養殖に比べ安全性が高く、中長期的にはコスト的にも遜色ないという。
現在、力を入れるのが全国各地の飼育を希望する団体向けのコンサルティング事業だ。現在「温泉トラフグ」の商標を貸し、フランチャイズ(FC)形式で養殖するのは北海道から愛媛まで全国11カ所にのぼり、12月にさらに2カ所で新たに事業が始まる。「引き合いは全国からある」(野口社長)
一口に塩化物泉といっても、塩分濃度が低かったり有害物質が含まれていたりすることもある。フランチャイジーには温泉水の熱量や成分を分析したうえで、施設建設や経営のプランを提供、研修も行う。施設の設計や施工、データのモニタリングや飼料供給などが夢創造の収益になる。野口社長は「都道府県ごとに1~3カ所、北海道は5ブロックぐらいに分け、全国展開を加速させたい」と意気込む。
「日本経済新聞電子版より抜粋」